神田上水と玉川上水



第2回 井の頭と神田上水〜その2

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:玉川なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

江戸の観光名所・関口ダム

そういえば井の頭公園の池って、今でも神田川の源流になってるって聞いたことあるけど。

家康が江戸に入府した天正18年(1590)には、まだ神田川という名前の川は存在しなかった。その頃江戸に流れていた最も大きな川は入間川で、この下流が今の隅田川にあたる。その他中小河川のひとつで、武蔵野の湧き水を源流として日比谷の入江に流れて込んでいたのが平川で、これが後の神田川になる。

日比谷に流れる川って今はないわよね。ってことは、自然に川の流れが変わったっていうこと?

そうじゃなくて、人の手で流れを変えたんだよ。いわゆる河川の“付け替え”だな。江戸の歴史は埋め立てと付け替えの歴史と言ってもいい。江戸の都市づくりのはじめとして、家康は江戸城の掘割建設よりも飲料水の確保を優先した。軍備よりまずインフラの整備ということだな。

長期計画っていう感じね。その頃から江戸を首都にする構想があったのかもね。

関ヶ原の前だからね。自分の天下になると予測していたどうかはわからないけど、家康は上水道の整備を大久保藤五郎(忠行)というパティシエに命じた。

何よ、その時代にパティシエって! そんなの聞いたことないわよ。

正しくは菓子司という。藤五郎は三河大久保党三十六騎の一人で、立派な武人だったけど、お菓子作りの名人でもあったんだ。三河一向一揆の際に狙撃され、落馬してからは歩くことができなくなったけど、その代わり本陣に献上する餅菓子を作って、その菓子が家康のお気に入りだった。

へぇ〜、どんなお菓子を作ってたのかな。


大きな紅白の餅で、駿河餅とか三河餅なんて呼ばれていたらしい。大久保家には絵(写真下)も残ってるよ。その餅がどう影響したかはわからないけど、上水道工事を任された藤五郎は、まず小石川目白台の下を流れていた平川の源流から取水して神田方面に流す、小規模な上水道を作った。これを小石川上水といって、神田上水の原型とされている。



「原型とされている」ってことは、大久保さんが神田上水を作ったわけではないってこと?

うん。藤五郎は井之頭池を水源とする案を出しただけという説もあるし、江戸城で使う分の上水を整備しただけという説もある。しかし、藤五郎はその功によって家康に「主水」という名前を与えられて、「水が濁ってはイカンから“もんど”ではなくて“もんと”と名乗れ」なんて言われたというエピソードが残っているからね。上水に関して何らかの功績があったことは事実だろうな。

ただのパティシエではなかったのね。


その後、藤五郎の子孫は代々「主水」を名乗って、江戸城で使う菓子作りを一手に務めた。一方で、内田六次郎なる人物が家光の時代に神田上水を完成させたという説があるんだけど、こちらはその子孫が代々、神田上水の水元役、つまり水道管理責任者を務めたという事実があるから、神田上水を作った男としては、内田説の方が信憑性が高いな。

どっちにしても、井之頭池が源流っていうことだけは確かね。


湧き水だから水質はいいし、水量も豊富だからね。で、その井之頭池なんだけど、もともとは狛江と呼ばれていて、湧水口の数から別名「七井の池」とも呼ばれていた。これを「井之頭」と正式に命名したのは家光で、湧き水を「お茶の水」と呼んだのが家康だというのが定説になっている。将軍が命名するぐらいだから、江戸の水源として大切にされてきたことがわかるだろ。

それはわかったけど、神田上水って、どういうルートで作られたの?。

まず最初に、井之頭池を源流とする平川を人工的な堀に改修し。これを善福寺池を水源とする善福寺川、妙正寺池を水源とする妙正寺川と合流させて水量を増やし、目白の「関口大洗堰」というダムでせき止め、落差を付けて一気に流す。ここまでが「神田上水」と呼ばれた流れだ。

江戸時代にダムがあったのね。凄い!


この落差、つまり滝がなかなかの観光名所だったらしい。『江戸名所図会』(写真上)にも描かれているし、大正時代の写真(写真下)も残っているから見てごらん。昭和12年(1937)に江戸川改修工事で取り壊されるまで、庶民の人気スポットだった。

夏なんか涼しそうでいいわね。



ここで勢いをつけた水流は二手に分かれる。その説明はまた次回ということで…。<次回に続く>

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